まち×和菓⼦
〜伊勢崎市の茶道と和菓⼦〜
著者:井上 哲

 伊勢崎駅から東京に出張する時には、駅前にある親⽟商店の饅頭を求めて東武鉄道の列⾞に乗り込む。上州の6⽉は⻨秋。⾦⾊に輝く⼀⾯の⻨畑を⾞窓から眺めながら饅頭を頬張る。上州は⽑の国、この「⽑」は⻨の野⽑という説もある。饅頭は、群⾺県の⻨⽂化の⼀つだ。

 本町和菓⼦ストリートというイベントに参加した。伊勢崎の本町エリアに6軒もの和菓⼦屋があるのに驚いた。饅頭やどら焼きなど普段のおやつにいただく和菓⼦に、茶道のお茶席で出される「練り切り」のような上⽣菓⼦も、和菓⼦屋を巡って楽しんだ。私が学んでいる茶道では、濃茶を飲む前に出される上⽣菓⼦(主菓⼦)と薄茶の前にいただく落雁などの⼲菓⼦がある。また、⼤抵の茶席では、薄茶の席でも上⽣菓⼦が供されることが多い。いずれにせよ、抹茶を飲む茶道には、お菓⼦はつきものである。

 私が初めて伊勢崎の茶道に接したのは、2022年。酒井雅楽頭家の菩提寺群⾺県前橋市紅雲町⼤珠⼭是字院⿓海院で開催された、下⾺将軍として知られた第4 代上野厩橋藩藩主酒井雅楽頭忠清公の340年忌の茶会だった。伊勢崎藩の始まりは慶⻑6年(1601年)稲垣⻑茂⽒の⼊封であるが、元和2年(1616年)以降は酒井家の領地に組み込まれた。この酒井家の法要で、伊勢崎市の相川考古館の群⾺⽯州会相川萩⽉先⽣が薄茶席を持たれた。キリリとした武家の茶の点前に⽬を⾒張った。

 ⽯州流の茶道というのは第4代将軍徳川家綱公の茶道指南役に推挙された⽚桐⽯⾒守⽯州を祖とする、いわゆる柳営茶道、武家の茶道の⼀派である。第三次伊勢崎藩三代藩主酒井忠温は茶⼈で、茶頭岡⽥道⽵を中⼼に茶の湯の⽂化が開花した。初代道⽵は仙台で茶頭清⽔道閑と2代⽬動閑について茶を学んだとある。版籍奉還により、藩が無くなり、伊勢崎の武家の茶道は⼀旦途絶える。

 昭和10年代(1935年代)、茶頭だった岡⽥家の⼦孫から伊勢崎市図書館に同家伝来の茶湯書が寄贈された。そんな中、伊勢崎藩で重職だった相川家の中興者相川杪保が幕末期⽂久元年(1861年)に建てた相川考古館の茶室觴華庵に、⽯州流の茶室ではないのか?という話が出ていた。これをきっかけに、相川家が、群⾺県に伝わった⽯州流清⽔派に⼊⾨した。御縁である。現在も、相川萩⽉先⽣が県指定重要⽂化財にも指定されている茶室觴華庵で、武家の茶道⽯州流清⽔派を受け継がれている。

 伊勢崎市本町で最も古い和菓⼦屋は⾚⽯屋。開業は明治21年(1888年)。創業者が千葉から移居され、⼩⾖できんつばを作って販売したのがお店の始まり。主⼒のお菓⼦は、きんつばから最中、現在ではどら焼きが⼈気。明治33年(1900年)創業の松露庵。天皇陛下献上銘菓「⾚城しぐれ」や「絹⾐」などを売られている。松露庵の和菓⼦職⼈をスカウトして開業開いたのが⾥美製菓。⼤正3年(1914年)に開業したのが、現在伊勢崎市を代表する和菓⼦店、親⽟本店。「つぶ餡、こし餡に、季節の桜やさつまいもを取り⼊れた饅頭は店の看板商品。私がよく使う伊勢崎駅前の親⽟商店は、この本店から暖簾分けした2店のひとつ。⾈定屋は昭和13年(1938年)開業。船橋出⾝の創業者が⾜利で和菓⼦の⾈定屋本店を開業し、暖簾分けして、前橋市を経て昭和13年に当時織物が盛んだった伊勢崎に転居した。伊勢屋餅菓⼦店も昔からの味で⼈気がある。

 伊勢崎の和菓⼦屋には、江⼾時代、伊勢崎藩の時代から続いている和菓⼦屋は無く、群⾺県⺠なら誰でも知っている上⽑かるたで、「銘仙織りなす伊勢崎市」として知られている伊勢崎の絹織物産業と密接に結びついているようだ。江⼾時代から市が⽴ち、明治後期には機械化され⻩⾦期を迎え、戦後の復興の乗り越え、昭和50年(1975年)には伝統的⼯芸品に認定された、絣産業。職⼯さんのおやつとして、また、東武鉄道で東京から絣を買い付けに来る商⼈の⼟産物として和菓⼦が重宝がられたことで、伊勢崎の和菓⼦の歴史を作ったと考えられる。

 ⾚⽯屋ではお店の歴史を伺いながら⾚⽯最中を求め、親⽟本店で親⽟饅頭を、⾈定屋で季節の練り切りを、松露庵で天皇陛下お買い上げの伊勢崎銘菓絹⾐を求めた。相川考古館の茶室觴華庵で⼀服の茶をいただいた。お菓⼦は、⾥⾒製菓製の上⽣菓⼦の練り切り、綺麗な⽟菊を模った菓⼦、銘は『秋⾊』。茶の中に溶け込んでゆくお菓⼦の⽢さの中に、伊勢崎の絣産業の栄枯盛衰を味わった。

 明治から続き、現存する和菓⼦屋さんが末⻑く続いて欲しい。また、若い世代がもっと茶道に興味を持たれて、茶道に⼊⾨されて、これまで守られてきた伊勢崎の和菓⼦を発展させて欲しいと願う。

相川考古館茶室觴華庵の茶会で出された⾒た⽬にも美しい伊勢崎市本町⾥⾒製菓製上⽣菓⼦『秋⾊』。菓⼦器は唐津焼⻄岡⼩⼗作『みのり』。

伊勢崎の歴史と文化が後世に受け継がれていきますように。井上哲様、伊勢崎の武家の茶道や和菓子について学ぶことのできる貴重な資料をご提供いただき、本当にありがとうございました。
和菓子ストリート実行委員一同


主催/運営

本町和菓子ストリート実行委員会
MAIL:demetan@kirarist.co.jp